誰が国民を絶望に(ブログ4173)
- 2026年02月06日
「絶望を希望に」というスローガンで選挙戦を行っている8区の自民党候補。
なんと言い得て妙なスローガンなのでしょう。失われた10数年、国民を絶望の淵に追い詰めたのは、何処の党だったのでしょうか。
これまでの政策は、経済や金融そして企業中心のものでした。国民へは消費税の増税、社会保障費の負担増、物価高騰には抜本的な手を打たずに付け焼き刃なパッチワークのみ、人口減少には歯止めがかからず、医療・介護難民は増加の一途、食糧もエネルギーも他国に依存を続け、国民所得は物価高騰に追いつかず、年金は減額、防衛費だけは米国のいいなりに増額して借金は先送り、これが自民党の行ってきた政治、そのお陰で国民は絶望の淵に立たされているのです。
この自民党候補は、国民を絶望に追いやった党に所属しながら、希望という言葉を口に出す。ペテンもいいところ。先ずは国民を絶望に追いやった事への謝罪を口にすべきでは無いでしょうか。
一方、これだけ苦しい生活を強いられている国民は、普段は政府のやることへ不満を口に出しますが、選挙になると自民党を勝たせてしまいます。
これまでに衆・参の国政選挙で自民党が訴えてきた公約が、国民の生活を潤わせてくれたなど微塵も感じられないのでは無いですか。違いますか?
今回の衆議院選挙では、様々な課題が有るにもかかわらず、「私自身の信任投票」と言ってはばからない高市氏。
それぞれの選挙区で選挙戦を行っている自民党候補を勝たせると言うことは、高市氏を勝たせることになり、まさしく「白紙委任」を与える結果にしかなりません。
常に米国の言うとおりになる政権だからで、そうでなければ他国の国政選挙に口を挟む訳はありません。それは、トランプが来日した時、その腕に絡みつくように腕を組み、横須賀の空母に乗船し、片手を挙げてピョンピョン跳びはねてはしゃぐ高市氏を、ペットのように薄ら笑いを浮かべて見ていたことでも明らかです。
その事も有ってか、高市氏は右へ右へ、米国へトランプ氏へとすくすく育っています。
芸能界でも、今回の選挙の重要性と高市氏の危険性をX等で訴える方々が増えてきています。様々な考え方の方がおられるのはそれはそれで当たり前の事ですが、誰も戦争は望んでいないでしょう。しかし、今回の選挙の結果次第では望まない方向へ、ジワジワと舵を切る事になってしまいます。





