大人の責任(ブログ4164)
- 2026年01月28日
函館市長が、今回の衆議院選挙において特定の候補を応援することを鮮明にし、街頭演説などでは一緒に並んで支持を訴えています。
函館市長は、3年前に市の職員から立候補しましたが、市の職員を辞してからの選挙活動は全くの無手勝流で、心許ない活動をしていました。
私たちの党は、この新人市長候補が推薦を申し出てきましたので、組織で検討をした結果「支持」することを決定し、様々なお手伝いをしてきました。
無論、彼の選挙の個人演説会での応援弁士だけでは無く、連合に所属する各労働組合や団体などにも支持をお願いし、我が陣営として取り得る取組を行ってきました。
その事が功を奏した、それとも彼の実力なのか、彼は現職である相手候補に圧倒的な差を付けて当選、その後も、国政に関わる課題や道政との連係にも私たちは意を尽くしてきたつもりですが、残念ながら、今回の衆議院選挙では、国政与党の相手候補を支援することを決めて、毎日のように付き添っています。
当然、市長といえども政治的信念があるはずですから、その信念に基づいた行動を行う事は、彼個人の意志であり、その自由は憲法でも保障されています。
首長は、その政策や予算要望において中央政府お願いする場面も多い事から、必然的に与党の人脈に頼る事も十分に理解できます。
ましてや、1期目の3年間で目に見える成果が有ったかと言えば、必ずしも肯定しがたい中で、1年後に2期目の選挙戦を迎える身となれば、残る1年間で、与党の力を借りて何らかの目に見える成果を上げなければならない、という焦りもあるのかも知れません。
しかし、人間、生きている限り誰の世話になるか分かりません。ましてや政治家は敵を作ることを避け、味方を広げることに意を尽くさねばなりません。
彼の熱心な支持者が、「『市長選で応援した組織が、今度は相手候補を応援するのは裏切りだ』と言うのは全くおかしい、彼が個人として思想信条に忠実に行動することを非難するのが中道だとしたら、笑われてしまう。」と言うような内容をSNSに投稿していましたが、私も同様に、全ての方には思想信条の自由が保障されていることについて、先ほども述べたように憲法で保障されていることは承知であり、その事を否定は致しません。
一方、これまで、私たちのそばにいてくれたと思っていたにもかかわらず、突然、真逆の仕打ちを浴びせられた方にすれば、当然、感情が言葉に表れるのも必然だと思います。
選挙の結果がどうであれ、選挙が終われば今回の行動については、良しにつけ悪しきにつけ彼につきまとうことになるでしょう。自分が行動したことは全て自身の責任として受け入れなければなりません。政治家であろうと、一般人であろうと、それが大人の常識です。





