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当事者能力

  • 2017年08月12日

 オスプレイの飛行再開を日本政府が容認しました。

 先のブログに掲載したように、日米地位協定が有る限り米軍(米国)は我が国の領土・領空・領海で好きなように活動することが出来ることになっており、小野寺防衛相が「①事故の情報提供②原因究明③再発防止策の徹底-等を求め、調整が整うまでオスプレイは使用しない」と国民向けに発信したところで、米軍は全く意に介せずと言うことが改めてハッキリしました。

 日本政府の自粛要請に対して米軍からの返答が有ったようで、そのことを基にして①事故が陸上への着陸よりも複雑な艦船への着艦中に発生した②米軍がオスプレイの飛行は安全と位置づけている③オスプレイに安全な飛行を妨げるようなシステム上の欠陥は無いと米軍が認識している-と何の疑問も持たずにあっさりと飛行再開を認めました。

 ①は、全く理由になりません。これまで着艦以外の事故は数多く、パイロットのスキルというだけでは説明が付かない事故が多すぎます。

 ②は、事故当事者が勝手にこじつけた一方的な言い訳で、合理性を持ちません。

 ③は、先の沖縄での空中給油中の事故でも判るように、給油パイプにティルトローター式の回転翼が接触して墜落、空中給油システムに問題が有ることが判明、さらに同じ日に普天間基地で起こったオスプレイの胴体着陸事故で、着陸装置に問題が有ったと強面の米軍二コルソン4軍調整官も認めていました。

 これら①②③の理由は全く安全運行の理由にはなっていません。

 そのことはいくら人の良い防衛省であっても先刻承知のはず、しかし、反論が出来ないところに米国と日本との間にある戦勝国と戦犯国という、言い換えれば宗主国と植民地国という絶対なる主従関係が有ると言うことです。

 沖縄県の翁長知事がいみじくも「日本政府は当事者能力が無い。米国に対する腰の弱さは本当に悲しい限り」と発言しましたが、このような米国の「なすがまま」、米国に「なされるがまま」という実態に改めて反旗を翻すのは、地方自治体と言うことになります。

 まさしく、民主主義の国「米国」へは、地方自治体の声を突きつけることが必要となってきます。

 安全性を盾に、明確に自治体の意思を突きつける、「我が自治体ではオスプレイの参加を認めない」と主張すべきです。

 しかし、道民の安全を担う高橋はるみ知事は「道民の皆様において、依然として不安や懸念もあり、何にも増して安全・安心を確保する観点から、引き続き国の責任において、安全管理の徹底が図られるよう強く求める」とコメントしました。

 ここでも、自ら判断することなく「国の責任において・・・」、聞き飽きました。

 この言葉は泊原発に対するコメントと全く同じ、コピペです。

 ここにも当事者能力が疑われる方がいました。


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