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ブログを通じ、活動内容など細かく書き込んで参りますので、ぜひご覧下さい。 |
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◆2009年1月31日の日記 |
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地元店を守るのは私たち |
地域の核店舗であり、老舗の丸井今井が民事再生法の適用を申請したとの報を聞き、殆どの道民がまさかという思いを抱いたのではないでしょうか。
地元函館も各方面で衝撃が走ったことは言うまでもありません。
函館はこれまで、彩華デパート閉店、西武デパート閉店、和光デパートのテナント引き揚げ、そして、ダイエーの5月閉店と百貨店が4店も経済の荒波にもまれては消え、そしてまた消えて行こうとしています。
残った丸井今井デパート、棒二森屋デパートも道外百貨店からの経営支援や資金援助を受けていることから、言わば相手の胸先三寸の所に身を委ねていると言っても過言ではありません。
加熱する小売業競争で、函館市も郊外型の大店舗が引きも切らず、市街地にあっても国内流通資本のスーパーが相次いで出店をしており、人口比でも供給過剰であることは誰が見ても明らかとなっています。
若い方の中には、選択肢が増えて良いことだと容認する方も多いのは承知していますが、そのために路面店が無くなり、交通手段が限られているお年寄りは遠くまで歩くかタクシーで買い物に行かなければならなくなってしまいました。
そして、景気低迷の時代背景もあって、一円でも安い事が価値観となり、安売り合戦のチラシが毎日新聞に溢れております。
百貨店は、その名の通り百貨(あらゆる商品)を品揃えしている総合店であり、(最近は家電、音楽、スポーツ関連用具等は置いていませんが)そこには高級な素材の品々が陳列されており、非日常の雰囲気が楽しめる空間として存在し、都市のステイタス的シンボルともなっています。無論、大事な人への贈り物や、ちょっとした贅沢を楽しむのも百貨店があればこそであることは論をまちません。
西武デパート閉店の時も閉店セールに訪れた方が、「無くなるのは非常に残念です」と言っておりましたが、それを聞いて、「それでは貴女はその百貨店を大事にしてきたのか」と問いかけたい思いを抱きました。
新聞報道のあったその日、丸井さんに行ってみました。従業員の方々の顔には不安の影が見えておりましたが、お客さんからの心配の声、頑張ってという励ましも散見されました。地元の丸井今井デパート、そして棒二森屋デパートを大事にし、老舗であり街のシンボルを支えていくのは地元の消費者である私たちです。
改めて、デパートに足を運んでその良さを体験し、私たちの出来る少しの力を注ぎ込んでみませんか。 |
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◆2009年1月28日の日記 |
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保育制度の規制緩和(市場化)に危惧
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国の規制改革会議や地方分権推進委員会が、社会保障制度改革の最大のターゲットとして保育制度の規制緩和を目論んでいます。
厚生労働省社会保障審議会少子化対策特別部会では「新たな保育サービスの仕組み」を検討し、この2月に結論を出す予定となっています。
この中では、保育の規制緩和と市場化が大きな検討課題となっており、日経新聞では「子育て支援のために認可保育所と利用者との直接契約制度の導入や入所基準・施設基準の緩和を求める」という保育への企業参入を促進させるような内容となっていたようです。
東京都では、石原知事がその先駆けとして、保育への企業参入の手法として01年度から「認証保育制度」を導入しています。
認証保育園は開設コストや運営コストを低く抑えるために、①園庭は不要(認可保育園は必置)②有資格者は職員定数の6割以上で可(認可保育園は全員有資格者)③施設基準は園児一人当たり2.5平方メートル(認可保育園は3.3平方メートル)となっており、逆に国からの支援は無く保育料は割高となっています。
東京都では、この認証保育園に約1万3,000人ほど通園していますが、この企業運営の認証保育園において相次いで不正が発覚しました。
架空の職員を名簿に記載し、開設準備金や運営費補助金を不正に受け取った「じゃんぐる保育園」、同じく不正受給した「小田急ライフアソシエ系列の保育園と子育て相談業務」、都内等で保育園など約30箇所を営業していた「エムケイグループ」では突如全園を閉鎖し、父母への説明は閉園当日等々、企業の不正や無責任さが浮き彫りとなりました。
子供の未来に多くの影響を与える幼児期を、子供の発達という視点を持たず、物を預かるような感覚で市場原理の導入を検討している少子化特別部会は、国を支える子供のことを本当に考えているのでしょうか。
また、同じ部会で保育のバウチャー制度(公が一定の保育サービスに使用できる利用券を配布し、利用者が不足分を個人負担して保育園と直接サービス契約を行う制度)の導入を検討しています。
これが、導入されると、所得によって保育に格差が生まれることになります。お金がある家庭の子供は保育士の配置や保育内容が厚くなり、余裕の無い家庭の子供は、逆に薄くならざるを得ないということになります。
子供を金儲けの手段にしようとしている経済界。
倫理観の欠如した市場原理主義はもうたくさんではないでしょうか。 |
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◆2009年1月12日の日記 |
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成人式に想う |
今日は成人式。久しぶりに函館市主催の成人式に出席しました。
なぜ、久しぶりかと言いますと、5・6年前、全国的に成人式に出席している若い人が、会場で傍若無人に振る舞い、大いにひんしゅくをかったことを記憶されている方も多いと思います。
函館も例外ではなく、式が始まっても私語を止めない、挨拶を聞かない、大声を発する、着席しないでステージと来賓席の間をだらだら往来する、会場で酒を飲む等々、司会や挨拶される市長が注意しても一向に治まる気配はなく、その場にいた方々(大人)はその光景が腹立たしく不愉快な思いを抱いただろうと思います。
私も例外ではなく、しばらくは成人式に出席したくないと思っていました。
あれからしばらく経ち、今の成人たちはあの当時と同じなのかとの思いから出席してみることにしました。
挨拶中の私語や大声、着席しないのは相変わらずですが、以前よりは幾分穏やかになった気がします。
大人の話から、新成人の誓いの言葉、アトラクションのチアリーディングと進むにつれ少しずつですが静かになりました。
自分たちと同年代には遠慮をしているのか共感を得ているのかは判りませんが、一部の目立ちたがりを除いて、多くの人たちは当然のように自分の成人式は厳粛に祝って欲しい。想い出に残る成人式であって欲しいと思っているんだと感じました。
今回の出席で、新しい成人の皆さんが未来に失望せず、夢を語れる社会にするために私たちの責任は大きいと改めて想う日となりました。 |
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◆2009年1月5日の日記 |
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医療のダンピング? |
12月の新聞に、札幌のNPO法人が歯科の診療をした後にアンケートを記入してもらい、その労務料として患者の自己負担分を支払うという事件がありました。
NPO法人の理事長と歯科診療を行った医療法人の理事長代行がが同一人物であり、厚労省は国民健康保険法に違反する可能性があるとして札幌厚生局に調査をさせていますが、昨日の新聞には新たに同じ札幌の二つの診療所が
グループホームなど約10施設の入所者約100人に対し、在宅医療における患者の自己負担分を無料にしていたことが判りました。
札幌市は、道内の医師の約半数が集まっている医療激戦地区です。
そのため、患者の確保は開業医の死活問題とも言えることから、今回明らかになった歯科診療を行う法人や在宅診療を行う診療所が、患者の囲い込みを狙って行ったものと思います。
国民健康保険法の第74条は「保健医療機関または保険薬局から療養の給付を受ける者(医療行為や投薬を受けた本人と解すると思います)は・・・略・・・一部負担金として、当該保健医療機関または保険薬局に支払わなければならない」と規定しています。
ここだけ読むと、本人が支払うことになっていますが、現実には未成年者や未就労者などの支払い能力の無い者は保護者等の家族が支払いますし、あるいは、本人と親しい第三者が支払うことも極自然な行為であり、このことで咎められることはありません。
拡大解釈しますと、善意の第三者が支払っても問題ないということへ繋がっていきます。
国民健康保険だけではなく、後期高齢者医療保険や介護保険などの各種医療保険の自己負担分も同様のことが行われる可能性を秘めていることになります。
自己負担分を医療機関が負担することで、国も被保険者も患者も医療機関も誰も損害は生じませんし、患者は自己負担が無くなり、医療機関は患者増で診療収入の不足分を十分穴埋め出来ます。
しかし、このように患者の囲い込みのために医療のダンピングが行なわれると、医療の質は確保されなくなってしまいます。
法自体がこんなことを想定していなかったものであれば、この脱法行為を未然に防ぐために法の整備が必要になってくると思います。 |
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◆2009年1月4日の日記 |
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思いを声に |
今年のお正月は、天候にも恵まれ、穏やかな日々となりました。
2日からは、ほとんどの商業施設が初売りを行うせいか市内には人が出て、主要幹線道路は普通の祝祭日のような賑わいで、消費の低迷が一時息を吹き返したような感じがしました。
一方、国政は明日5日に通常国会が開会され、先延ばししていた第2次補正予算(あの悪名高き「定額給付金を含む」)の審議が始まります。
これまでのテレビなどでは、麻生総理は「解散は新年度予算成立後」と言っていますが、国民はそれまで待てないのが本音で、一刻も早く何とかしてくれと悲鳴を上げています。
私が若い頃、学生運動や労働運動が激しかった頃は、みんな政治に関心を持ち、おかしな政策には行動で抗議をしたものです。
その頃を思うと、暴動が起きないのが不思議なくらいの状況となっているのではないでしょうか。
物わかりが良すぎるのか、元気が無くなってしまったのか、政治に対する期待がなくなったのか。
「黙することは諾する事」。国民が何も言わなくなれば、今のままで満足しているのだと為政者は誤解します。
変化はみんなで行動しなければ勝ち取れません。
今年は黙することを止めませんか。
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