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ブログを通じ、活動内容など細かく書き込んで参りますので、ぜひご覧下さい。

◆2007年11月19日の日記

冬が来たぞ〜
 昨日の寄るから雪がしんしんと降り、今朝起きたら車の上にたっぷりと雪が積もっていました。
 今シーズン初めての雪かきは、まだ心も体も準備不足の状態でしたが早速物置から雪かきの道具を引っ張り出し、小一時間汗をかき水分を吸った重い雪と格闘をしました。今年、車を買い換えたので、昨年一年使用したスタッドレスタイヤが不要となり、妻が18日の北海道新聞に「スタッドレスタイヤ4本ホイール付譲ります」と投稿したら、早速朝から電話の嵐となりました。
 「朝9時以降に連絡を」と注釈をつけましたが、18日の朝7時前から始まって19日の午前中まで、遠くは八雲からの問い合わせも含め計76本の電話が来ました。
 希望される方は、是非自分にということで色々な事情を話され、それらのご事情は察せられますが、抽選ということにもならず最初の人に決めました。
 9時と言っているのに2時間以上も前から電話する人や、一日以上経って雪を見てから問い合わせ人など、一つの投稿で様々な方と北国の冬の準備の大変さを共有しました。

◆2007年11月16日の日記

公約って何?
 14日で、平成18年度の決算特別委員会が終了しました。
 結果は、4億2,600万円の黒字となりましたが、これは、行財政改革集中期間2ヵ年の初年度で職員給与の10%カットや道独自補助金の廃止などで、道民と職員の痛みの中で生み出されたものです。
 今回の決算は平成20年度の予算編成につながるもので、20年度の予算は当然21年度の決算となり、国の地方財政健全化法の対象となり、実質公債費比率などの4
指標で再生団体になるかどうかが決まります。
 知事は、18・19年度の2ヵ年間で歳入不足の解消を行い、26年度で財政の健全化を図ると計画を立てて私たちに示しましたが、19年度当初で計画が破綻、これで、知事の提出した行財政計画は3度とも見直しを余儀なくされました。
 財政の見通しの甘さのつけは、またまた道民と職員に押しつけられます。
 今春の選挙で、道民には「新生北海道第2章」という公約(マニフェスト)を出し、職員には給与の削減は2年間で、20年度には元に戻すと約束しました。知事は、176万票という得票を得て当選。半年後には道立高校の再編、支庁の再編、公立病院の再編、消防の広域化、公共事業の10%削減、職員給与の4年間9%の削減などを矢継ぎ早に出し、地方の声など気にかけないような議会対応です。
 以前、「その程度の公約は、守らなくてもどうと言うことはない」と言った総理大臣がいましたが、それが身近な知事にも伝染してしまったのでしょうか。

◆2007年11月5日の日記

なぜ?
 8区の次期衆議候補を「誠一から誠二へ」とバトンタッチし、早速日曜日に函館市内各所で第一声の街頭演説を行っていたところに思いも寄らないニュースが飛び込みました。
 「小沢代表が辞意を表明。午後4時から記者会見。」何がどうなったのかと皆で顔を見合わせ、街頭演説の取材に来ていたマスコミ各社から情報を得ようとしましたが、その時点ではどこも詳細については不明とのこと。
 時間が経ち、記者会見が行われて辞意の理由が明らかになりました。
 その理由を聞いても、皆さん同様に私も釈然とはしませんでした。
 「自分の考えに役員会が同意をしなかったからけじめをつけた」というのであれば、「自分は絶対の代表である」というおごりにしか映りません。
 また、「民主党は政権を担うには力不足である」との発言は、次期衆議院選挙に向け政権交代を訴えてきた代表の言葉と矛盾し、それを推し進めようと努力を重ねている党員に対し、頭から冷や水を浴びせたようなものとしか受け止められません。
 これほどの事を記者会見で発表なされたのですから、役員会は小沢氏の慰留に努めるべきではなく、緊急に党としての見解をまとめ国民に訴え、傷口を最小限に抑えることに力を注ぐことが大事だと思います。
 多くの国民は大連立ではなく緊張感のある二大政党制を期待しています。
 日本の政治の胎動を止めることなく、着実に進めることを民主党に望みます。

◆2007年11月4日の日記

誠一から誠二へ
 昨日、民主党道南総支部の臨時大会が開催され、新しい衆議院北海道8区の候補に逢坂誠二衆議を選出しました。
 7月の参議院選挙で自民党が大敗し、参議院においては与野党が逆転し、その後の臨時国会は皆さんの良く知るところです。
 国会は「テロ特措法」の取り扱いで政局が流動的となり年内の解散総選挙の可能性も濃厚で予断を許さない状況です。
 8区代表の金田誠一議員は、リハビリの努力の甲斐もあり脳梗塞の回復も順調に進み国政に復帰し、国会活動も除々に再開いたしましたが、今の状態では厳しい選挙戦に耐えることは困難であり、次期衆議院選挙には出馬しない。地元で新たな候補を擁立してほしいとの考えを示し、今期で引退する決断をされ、先般、逢坂誠二議員に自らの思いを託されました。
 私が政治の道を進むことになったのは、平成5年、当時市議会議員であった金田氏が衆議院選挙に立起することになり、その後継市議として私に声がかかったことがきっかけでした。
 当時、立起の判断に迷っていた私が、既に衆議となっていた金田議員に相談に行きましところ、立候補するということ、議員になるということについて大きなアドバイスをいただき、それが決断の大きな力となりました。
 そして昨年、私の道議補選告示を前にしての発病。体調が万全でない中で私の為に奔走していただいていた無理が病気の引き金になったのではと心が痛む思いです。
 政治の道の節目節目に影響を与えていただき、金田後援会の皆様にもお力添えをいただきました
 今は、金田誠一議員が託した逢坂誠二議員の8区での完勝に向けた活動を精一杯行うことが報いることと思っています。
 金田議員が守った8区の議席を『誠一から誠二へ』。
 そして、皆さんと共に政権交代を実現して行きたいと思います。
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