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最終処分地

  • 2015年11月29日

 核のゴミ最終処分地受け入れについて、共同通信社の調査が報道されました。

 この中で、原発銀座と呼ばれている福井県は「発電は引き受けたが、ゴミまで引き受ける義務は無い」と答え、石川県は「電気を大量に消費する地域を優先すべきだ」と見解を示しました。

 この調査で北海道は、アンケートの選択肢の一つである「一切受け入れる考えは無い」を選ばず、「道条例を遵守する」と答えるにとどめたと紹介されています。

 道条例は、「核のゴミは受け入れがたい」としており、道は「条例の意味は重い」としながらも、「受け入れない」とは言わなかったわけです。

 調査では、13府県が候補地に選ばれても一切受け入れる考えは無いとする中での北海道の回答は、私たちの心に当然の疑問として残ってしまいます。

 「受けいれ難い」と「受け入れない」との違いは何なのか。

 高橋はるみ知事は、この間の記者会見で「道内の市町村が候補地になるという仮定の問題にはお答えできない。」とのコメントのようですが、まず一つには、仮定の問題にこそ考え方を明らかにしなければならないのが首長の努めであるにも関わらず、そのことを放棄していることです。

 政治は、今後起こりうる仮定事象に対し、様々な対策を事前に講じることが大きな使命であります。

 知事の弁を素直にとれば、例えば、国会で批准もしていないのに国に対してTPPに関わる対策を求めることは「天につばを吐く」行為ですし、少子化対策も高齢者対策も経済対策も、南シナ海問題も安全保障も今後への懸念に対する対処です。ほとんどの政治的課題は、先々に仮定される問題への対処を前提としており、そうである限り、政治家は「仮定の問題には答えられない」と言うべきでは無く、きちんと答えるべきで、逆に言えば、自分には仮定の問題を考える能力が無いと宣言しているようなものです。あきれて物が言えません。

 二つには、「受け入れ難い」とは「受け入れない」と同義語であると誰もが理解するにも関わらず、どうにでもとれると逃げを打っていることです。

 ここでも、全てが国任せの本領を発揮した知事の姿がはっきりと見えてきます。


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